「学校、これからどうしたい?」と聞いても、返ってくるのは「わからない」「別に」「知らない」。
本人の意思を尊重したいと思うほど、親が動けなくなることがあります。学校からは「本人はどうしたいと言っていますか?」と聞かれ、別室登校やフリースクールを提案しても、本人は決めようとしない。「本人が決めるまで待ったほうがいいのか」「親が決めたら押しつけになるのではないか」と迷うのは当然のことです。
ただ、「どうしたい?」に答えられないことと、本人に意思がないことは同じではありません。「これは嫌」「今は無理」といった消極的な反応も、本人の意思を考える大切な手がかりになります。子どもの意思を尊重することは、すべてを本人に決めてもらうことではありません。大人が年齢や状況に応じた責任を持ちながら、「本人抜きで決めない」ことが重要です。
今朝「学校に行きたくない」と言われ、今日どうするか迷っている場合は、子どもが学校に行きたくないと言ったときの初期対応をご覧ください。本記事は、つらさが続いている状況で、これからどうするかを決めるときに本人をどう参加させるかを考える記事です。
公認心理師・精神保健福祉士として25年以上家族支援に携わってきた視点から、明確な希望を言えない子どもを意思決定に参加させ、答えのない膠着をほどいていく方法を整理します。
この記事でお伝えしたいこと
この記事は私たちが執筆監修を行っています
執筆・編集責任:吉田克彦(合同会社ぜんと代表 公認心理師、精神保健福祉士)
・家族支援25年以上、3000家庭以上の支援実績
・スクールカウンセラー歴20年以上。小学校、中学校、高校(全日制、定時制、通信制)全ての校種で勤務経験あり。
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「どうしたい?」に答えられなくても、意思がないとは限らない
不登校の子どもにこれからの希望を聞いても、「わからない」と答えることがあります。大きな選択にすぐ答えられないことと、本人に意思が存在しないことは別です。本人の意思を「こうしたい」という完成した前向きな希望だけに限定して考えてしまうと、支援は行き詰まります。実際には、はっきりした希望が言えなくても、手がかりになる反応はいくつもあります。
言葉や態度に表れる意思の例
| 意思の現れ方 | 家庭内での具体的な反応の例 |
|---|---|
| 希望(こうしたい) | 「家で勉強したい」「趣味の活動を続けたい」など明確な要望 |
| 拒否(それは嫌) | 「学校の話はしたくない」「あの先生とは会いたくない」という拒絶 |
| 許容(これならまだいい) | 「プリントを家でやるだけなら」「親が代わりに聞くなら」という妥協 |
| 保留(今は決めたくない) | 「今は考えられない」「来週まで待ってほしい」という時間の要求 |
| 不確実(わからない) | 「どうなるか自分でも想像がつかない」という正直な混乱 |
| 言葉以外の反応 | ある提案では緊張が強くなり、別の提案では少し表情が緩むなどの変化 |
これは子どもを特定のタイプに分類するための表ではありません。大人が「子どもの意思」と呼ぶものの幅を広げ、家庭内での小さなサインを拾い上げるための実践的な見方です。
「行きたくない」とは言えても「代わりに何をしたいか」は言えないという状態の背景には、選択肢が大きすぎる、決めた後の責任が怖い、親が望む答えを察している、今は考える余力がないなど、答えにくい事情がある場合もあります。これらを「何も考えていない」「逃げている」と決めつけず、答えを出すための情報やエネルギーが不足している状態として捉えることが大切です。
なお、本人にも学校に行けない理由が分からない問題は本人にも学校に行けない理由が分からないときの対応を、根本的な原因を巡る対話の難しさについては「なぜ行けないの?」と聞き続けることの問題をご覧ください。
本人の意思を尊重することと、全部本人に決めさせることは違う
「本人の意思を尊重したい」と考えたとき、最も注意しなければならないのは、本人尊重を「本人が決めるまで大人は何も決めない」と同義にしてしまうことです。
「学校に行くかどうか、自分で決めて」
「あなたの人生なんだから、自分で決めなさい」
という言葉は、一見すると本人を尊重しているように見えます。
しかし、子どもにはまだ十分な情報がない場合が多く、その選択が将来にどう影響するかを正確に予測しにくい面もあります。そこへ「自分で決めなさい」とだけ伝えるのは、尊重ではなく「決定責任の丸投げ」になりかねません。
本人尊重と決定責任の丸投げの違い
| 項目 | 本人の意思の尊重 | 決定責任の丸投げ |
|---|---|---|
| 大人の関わり | 情報を渡し、選択肢を整理する | 「自分で決めて」と判断を預ける |
| 決める範囲 | 本人が扱える大きさに分ける | 大きな選択をそのまま渡す |
| 「わからない」への対応 | 手がかりとして受け取る | 決まらないまま放置する |
| 最終責任 | 年齢・状況に応じて大人も担う | 本人に背負わせる |
こども基本法は、年齢や発達の程度に応じた意見表明の機会の確保と意見の尊重を基本理念としています。また、児童の権利に関する条約は、子どもに影響を及ぼす事項について意見を表明する権利を保障すると同時に、父母等が子どもの養育と発達について第一義的な責任を持つことも定めています。子どもの意見を大切にすることと、大人が責任を担うことは対立しません。
「本人が全部決める」のではなく、「本人抜きで決めない」。年齢や状況に応じて大人が責任を持ちながら、本人を意思決定のプロセスから外さないことこそが、本当の意味での意思尊重です。
「どうしたい?」が大きすぎるときは、問いを小さくする
「学校、これからどうしたい?」という問いは、中学生にとってもあまりに大きな質問です。学校へ戻るのか、休むのか、進路はどうするのかなど、一つ答えるだけでその先すべてを決めなければならないように感じ、答えに窮してしまいます。
そんなときは、人生全体の選択を一度に求めるのではなく、「次の小さな一手」まで問いを小さくします。大きな選択に答えられないときは、今決められる小さな範囲に問いを分ける方法が有効です。
問いの縮小例
| 大きすぎる質問(答えにくい問い) | 小さくした質問(答えを動かしやすい問い) |
|---|---|
| 「学校、これからどうする?」 | 「担任の先生とは、話してもいい?」 |
| 「先生とどう関わりたい?」 | 「電話と家に来てもらうのなら、どちらがまだマシ?」 |
| 「フリースクールに行きたい?」 | 「ホームページを見るだけならどう?」 |
| 「見学に行く?」 | 「親だけ見に行くのと、写真だけ見るのならどちらがいい?」 |
| 「明日、学校に行く?」 | 「明日のことは、今日は決めない方がいい?」 |
| 「これから勉強どうする?」 | 「プリントだけ受け取るのはどう?」 |
| 「今後のことを話そう」 | 「今週は学校の話を減らした方がいい?」 |
この方法の目的は、質問を工夫して「Yes」と言わせること(誘導)ではありません。「電話も訪問も嫌」「写真も見たくない」「今日は何も決めたくない」という答えもすべて重要な情報です。二つの選択肢を示したからといって、どちらかを必ず選ばせる必要はありません。「どちらも嫌」を言える余地を常に残しておきます。
※学校の何が負担なのかを整理し、その中のどこを調整するか考えたい場合は、「学校がつらい」子どもの負担を減らすために親ができることも参考にしてください。
言胞にならないときは、「違い」を見る
本人が「わからない」としか言わないときでも、すべての場面で反応が同じとは限りません。言葉そのものを待つだけでなく、状況や条件による反応の「違い(差)」に目を向けることが手がかりになります。
- 学校の話は嫌がるが、特定の先生の話なら聞ける
- 教室は強く拒否するが、別室の話には拒否がやや弱い
- フリースクールの見学は嫌だが、写真を見ることには反応する
- 午前中は話したがらないが、夜なら少し答える
- 「明日学校に行く?」には黙るが、「明日は休む?」には反応する
- 親から言われると嫌がるが、別の人から説明を聞くことには抵抗が少ない
こうした違いを見るのは、本人の本音を暴いたり分析したりするためではありません。「なぜそうするのか」という原因を当てるより、「どんなときは少し違うか」を見ることで、本人にとって「何を変えると、少し負担が少なくなるのか」という環境調整の材料を探すためです。
ただし、行動だけで本人の意思を断定しないよう注意が必要です。学校の話をすると部屋へ行ったからといって、「絶対に学校と関わりたくない意思だ」とは言い切れません。疲れている、腹が立った、今は考えたくないなど、同じ行動にも複数の可能性があります。行動は本人の意思を知る手がかりになりますが、その意味を大人が決めつけないことも同じくらい大切です。
「わからない」「今は決めたくない」も選択肢として扱う
大人から見ると「何も決まらない状態」が続くのは不安なものです。そのため、「そろそろ決めないと」と答えを求めたくなりますが、「今は決めたくない」という保留の反応そのものが、現在の本人を知る重要な情報になります。
そんなときは、結論の対象をあえて小さく限定し、「保留」を選択肢として明確に扱います。
- 「今日は決めない」
- 「今週はこの話をしない」
- 「進路はまだ決めないが、資料だけ受け取る」
「決める」と「決めない」の間に「今は保留する」を置くことで、子どもは追い詰められずに時間を使うことができます。
ここで重要なのは、保留は放置とは違うということです。学校への返事や手続き、受診など、期限や制度の都合で判断が必要な場面はあります。「本人が決めないから何もしない(放置)」のではなく、必要な期限や判断は大人が管理し責任を担いながら、本人が参加できる部分を残していきます。
親が決める場面でも、本人の参加は残せる
年齢や本人の状態、判断する内容の重大さ(医療受診、各種手続き、安全の確保など)によっては、大人が責任を持って決めなければならない場面が確実に存在します。しかし、「親が決めてよい」で終わらせ、子どもを完全に置き去りにしてよいわけではありません。
本人の意思を尊重するとは、最終決定を一人で背負わせることではありません。本人が自分に関わる決定へ、今できる形で参加できるようにすることです。大人が最終判断を担う場合でも、以下のように本人の参加を残せます。
- 学校との連絡: 連絡自体は親が行うとしても、「先生には今の状態をどこまで話していい?」「これは伝えてほしくない?」など、本人が選べる部分を確認し、拒否を反映させる。
- 支援先への相談: 相談に行くことは親が決めても、「今回は親だけで相談する」「本人は同席しない」「後から内容を伝える」など、関わり方の調整に本人の希望を反映させる。
- 居場所や学びの場の見学: 「見学に行くか、行かないか」の二択ではなく、「ホームページや写真だけ見る」「オンラインで説明を聞く」「親だけ見学する」「本人は入口まで」というように関わり方を細かく分解し、本人が選べる範囲を残す。
不登校支援について、文部科学省は、本人や保護者の意思を十分尊重しながら支援すること、登校という結果だけを目標にせず、本人が進路を主体的に捉え社会的自立を目指す方向を示しています。これは環境の負担を減らすだけでなく、本人自身も可能な形で支援の設計に参加するという、ハームリダクションの発想にもつながる視点です。
本人の意思を聞くことが、新しい負担にならないようにする
本人の意思を尊重しようとするあまり、「どうしたい?」を毎日繰り返すこと自体が、本人の新たな負担になる場合があります。
答えが出るまで何度も同じ質問をする、「本当はどうしたいの?」と掘り続ける、親が望んでいる答えをそれとなく示す、一度言ったことを変更できない約束のように扱う、といった関わりは避けるべきです。
子どもの状態によって、意思や希望は日々揺れ動くのが自然な状態です。「昨日は行くと言ったのに」と変化そのものを責めないでください。ここで覚えておきたいのは、「本人の意思を聞くこと」と「答えを出させること」は違うという点です。「今日は答えなくていい」「あとで変えていい」「どれも嫌でもいい」と分かる方が、本人は安心して反応を示しやすくなります。
※気持ちが日によって揺れる状況については登校の意思が朝晩で揺れるときの対応を、そもそも家庭内での親子の会話そのものが不足している場合は子どもが親と話したがらないときの対応を参考にしてください。
3つの問いで、本人と一緒に次の一歩を考える
本人が「これからどうしたいか」を言えないときは、大きな答えを求める代わりに、次の3つの視点に分けて家庭内で整理していきます。
- 何は嫌?
明確な希望がなくても、「これだけは避けたい」という拒否の対象は分かる場合が多いです。「教室に入るのは無理」「担任が家に来るのは嫌」などの拒否は、支援を設計するための大切な情報です。 - 何ならまだマシ?
「積極的にやりたいこと」でなくて構いません。「これならまだ負担が少ない」「これなら何とかできそう」「これはそこまで嫌ではない」という許容できる範囲を探します。 - **今は何を決めなくていい?
すべてを一度に決める必要はありません。今決める必要がある部分(今週の連絡など)だけを切り出し、残りは保留にします。
次の一歩を整理するワーク
採点表やチェックリストではありません。今分かっていることを親子で並べてみるためのメモとしてご活用ください。
- 今、特に嫌そうなこと(排除したい負担):(例:担任の先生と直接会うこと、大人数の場所に行くこと)
- これならまだマシそうなこと(許容できる範囲):(例:親経由でプリントを受け取ること、写真や動画で様子を見ること)
- 今は決めなくてよいこと(保留にする事柄):(例:来月以降どうするか、フリースクールに本当に通うかどうかの最終決定)
- 大人が責任を持って決める必要があること:(例:学校への欠席連絡のルール化、期限のある進路資料の取り寄せ手続き)

お子さんが「どうしたい」と言えない場合でも、「何が嫌か」「どちらがマシか」といったことを一緒に探すことができます。
まとめ
不登校の子どもに「これからどうしたい?」と聞いても、「わからない」と言われることがあります。しかし、焦って無理に本心を掘り起こそうとしたり、何も決まらないからと放置したりする必要はありません。
- 「わからない」は意思がないという意味ではない
- 大きすぎる問いは、今決められる小さな範囲に分ける
- 言葉にならないときは、「どんなときは少し違うか」という違いを見る
- 本人尊重と決定責任の丸投げは違う
- 大人が最終判断を担う場面でも、説明や選択肢の工夫で本人の参加は残せる
子どもの意思を尊重するとは、すべてを本人に決めてもらうことではありません。「嫌」「まだ無理」「これなら」「今は決めたくない」といった小さな反応も含めて、本人を自分に関わる意思決定から外さないことです。
学校へ行けるかどうかだけで判断せず、「何が負担か」「何を減らせるか」「何は残したいか」から、今の子どもに合う関わり方を考えてみてください。
本人の気持ちを尊重したいのに、聞くほど「わからない」と言われ、親だけでは支援方針を決めにくい場合があります。ぜんとのカウンセリングでは、本人に決定を丸投げせず、今分かっている「嫌なこと」や「まだ可能なこと」を整理しながら、ご家族と一緒に次の一歩を考えます。
引用参考文献
- こども家庭庁「こども基本法」
- 外務省「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」
- 文部科学省「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた対応の充実について(通知)」(令和7年10月29日)
- 文部科学省「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」(令和元年10月25日)
- 文部科学省「不登校の児童生徒等への支援の充実について(通知)」(令和5年11月17日)

