「無理をさせず、しばらく見守りましょう」。不登校について相談したとき、そう言われることがあります。最初は納得できても、時間がたつにつれて迷いが出てきます。このまま何もしなくていいのだろうか。少し声をかけた方がいいのだろうか。背中を押したら、かえって悪化するのではないか——。
見守ることは、何もしないことではありません。
本人が自分で選び、動く余地を残しながら、必要なときには守る・支える・誘う・環境を整えることも、見守りに含まれます。この記事では、「見守るか、働きかけるか」という二択ではなく、「本人の主体性を残したまま、どんな働きかけなら今の子どもに役立つか」を考えるための整理をお伝えします。
この記事でお伝えしたいこと
この記事は私たちが執筆監修を行っています
執筆・編集責任:吉田克彦(合同会社ぜんと代表 公認心理師、精神保健福祉士)
・家族支援25年以上、3000家庭以上の支援実績
・スクールカウンセラー歴20年以上。小学校、中学校、高校(全日制、定時制、通信制)全ての校種で勤務経験あり。
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不登校の「見守る」は、何もしないことではない
「見守る」という言葉は、人によって受け取り方がかなり違います。「学校の話は一切しない」「本人が動き出すまで待つ」と理解する方もいれば、「見守るだけでは何も変わらないのでは」と不安になる方もいます。
この記事では、「見守る」を次のように考えます。
子どもに関心を向けながら、基本的には本人が自分で選び、動く余地を残し、必要なときには状況に応じて必要な分だけ働きかけること。
つまり、見守る=何もしない、ではありません。見守る=一切口を出さない、でもありません。そして、働きかけることは見守りの反対ではありません。任せる、支える、守る、声をかける、環境を整える、選択肢を知らせる、大人がやってみせる、軽く誘う——こうした関わりは、条件しだいで見守りの一部になります。
言葉だけだと分かりにくいので、身近な場面で考えてみます。
公園で子どもを見守る場面を考えてみる
子どもが公園で遊んでいて、親がベンチから見ている場面を思い浮かべてください。子どもは、走るか、砂場で遊ぶか、どの遊具を使うか、友達とどう関わるかを、基本的に自分で選びます。親は「これをしなさい」「次はあれをしなさい」と一つひとつ指示はしません。
ただ、同じ「公園にいる親」でも、関わり方はいくつかに分かれます。
放置
親がスマートフォンだけを見ていて、子どもの様子に関心を向けない。危ない行動にも、ほかの子とのトラブルにも気づかない。困っていても助けない。これは見守りではなく、放置に近い状態です。「自由にさせる」ことと「関心を向けない」ことは違います。
過干渉・過剰な制限
「走ったら転ぶから走っちゃダメ」「砂場は汚いから触らないで」「危なそうだからその遊具は禁止」と、実際の危険性以上に、大人の不安で行動を制限する。こうなると、子どもが試す、失敗する、自分で調整する、自分の限界を知るという機会が減ってしまう可能性があります。
押しつけ
「滑り台があるから滑りなさい」「せっかく来たんだから友達と遊びなさい」と、本人が望んでいない行動を大人が決める。声のかけ方が優しくても、本人に選ぶ余地がなければ、これも見守りとは違います。
見守る
基本は本人に任せる。けれど、後ろ向きに走り続けてぶつかりそうなとき、棒を振り回しながら走っているとき、高い遊具の上で危ない動きをしているとき、ほかの子を傷つけそうなときには、声をかけ、必要なら行動を止めます。安全上の懸念があれば、その場から離れることもあります。危険から守ることも、見守りの一部です。
| 関わり方 | 大人の姿勢 |
|---|---|
| 放置 | 関心を向けず、必要な援助もしない |
| 過干渉・過剰な制限 | 本人が試す前に、大人の不安から止める |
| 押しつけ | 大人が望む行動を本人にさせる |
| 見守る | 本人の自由を基本に、必要時には守る・支える・誘う・調整する |
見守りには「誘う」「やってみせる」ことも含まれる
公園の見守りは、危険を止めることだけではありません。
たとえば親が「あっちに面白そうな遊具があるね」と知らせる。親自身が先に滑り台を滑ってみて、「これ、けっこう楽しい」と楽しそうにしてみる。「一緒にやってみる?」と軽く誘う。子どもが「やってみたい」と思えば試せばよいし、「やらない」なら、その場ではやらなくてもよい。こうした興味づけや誘いも、見守りに含まれます。
ここで大切なのが、誘いと押しつけの違いです。
誘い・興味づけでは、選ばなくてもよく、断ってもよく、途中でやめてもよく、別の方法を選べます。一度伝えたら反応を見て、反応がなければ必要以上に追いません。「こんなのもあるみたいだよ」「私はちょっとやってみようかな」「一緒に行ってみる?」といった声かけです。
押しつけでは、結論が最初から決まっています。断ると説得が続き、断った理由を崩そうとします。「せっかくだから」「一回だけ」「やれば楽しいから」「あなたのため」という言葉で、実質的に断りにくくなります。
違いは、声をかけたかどうかではなく、本人に「選ばない自由」「断る自由」「途中でやめる自由」が残っているかです。 ただ、この線引きだけで誘いか押しつけかを機械的に判定できるわけではありません。断ったあとに説得が続いていないか、親の期待を断りにくい形で背負わせていないか、といったことも合わせて見ます。
もう一つ、誘いを「操作」にしないための注意があります。興味づけの目的は、親が望む行動へ誘導することではなく、本人が選べる候補を増やすことです。反応がなければ追わない。拒否されたら説得を続けない。興味を示さなくても評価しない。「せっかく用意したのに」と責めない。この線を守れているかが目安になります。
「見守る」と「背中を押す」を二択にしない
「見守るべきか、背中を押すべきか」という問いは、よく聞かれます。ただ、この記事の整理では、この二つは反対のものではありません。
「背中を押す」を「嫌でもやらせること」と考える必要はありません。役に立つ形の後押しには、大きく二つあります。
一つは、本人がやりたいけれど不安なとき。負担を小さくする、一緒に行く、短時間にする、途中で帰れるようにする、といった条件の調整が後押しになります。
もう一つは、その方法が本人の視野にまだ入っていないとき。情報を知らせる、大人がやってみせる、軽く誘う、面白そうなものを共有する、といった関わりです。ただし、どちらの場合も、拒否されたら説得を続けないことが前提です。
不登校支援では、「学校の話をしない」「提案しない」「本人が自分から動くまで待つ」ことが見守りだと理解されることがあります。たしかに、状態によっては要求や提案そのものを減らした方がよい時期もあります。けれど、本人が自然に何かを始めるまで大人は一切きっかけを作ってはいけない、と考える必要はありません。選択肢を知らせる、情報を置く、面白そうなものを共有する、大人自身がやってみせる、一緒に試す、やりやすい条件へ変える——本人が断れる余地を残したうえでの、こうした関わりは可能です。
「いつまで見守る?」は期間だけでは決められない
「いつまで見守ればいいのか」という問いには、「3か月」「半年」といった期間では答えられません。同じ期間でも、子どもの状態も、学校側の状況も、家庭の状況も違うからです。
「いつまで見守るか」を、見守りをやめる時期の問題だけで考える必要はありません。今の見守り方の中で何が守られているか、本人が望む選択肢まで狭まっていないかを見ながら、関わり方を調整します。
具体的には、こうした点です。苦痛や負担はどう変化しているか。本人が「嫌」「今は無理」「これなら」といった意思を表現できているか。人・学び・活動への接点はどうなっているか。本人が望んでいる選択肢まで狭くなっていないか。本人自身が困っていることは何か。
これは、何個当てはまれば見守り終了、というチェックリストではありません。子どもの状態を採点するためのものでもありません。今の関わり方を続けるか、少し変えるかを考えるときに、目を向ける場所の一覧です。子どもの変化そのものをどう見るかについては、回復期・変化の見方の記事★で詳しく扱っています。
休むことが必要なときと、選択肢が狭まり始めているとき
学校に行かないこと自体を「逃げ」や「回避」と決める必要はありません。学校から離れることで、安全を守れる、苦痛が減る、親子の衝突が減る、心身の負担を下げられる場合があります。学校そのものの負担が大きい場合は、まず距離を取ることに意味があります。学校側の負担については【学校がつらい】子どもの負担を減らすために親ができることで扱っています。
一方で、心理学では、苦痛を避けることで一時的に楽になり、その結果、避ける行動が続きやすくなることがある、という仕組みが知られています。ただし、これは「不登校=回避」「休む=悪いこと」という意味ではありません。見たいのは、学校へ行っているかどうかだけではなく、本人が望んでいることや選べることまで難しくなっていないかです。
学校から距離を取りながらも、好きな活動や気の合う人との接点が残っている場合があります。その状態を「学校へ行っていないから回避が固定している」と一括りにはできません。
一方で、学校だけでなく、本人がやりたいと思っている活動や会いたい人との接点まで難しくなり、本人自身も「変えたいけれど動けない」と困っている——この場合は、関わり方を見直す材料になります。単に外出や活動が減ったという事実だけでなく、本人が望んでいることまでできなくなっていて、本人も困っているのか、という点を見ます。
見るのは「学校へ行っているか」ではなく、本人の選択肢が広がっているか、望まない形で狭まり続けていないかです。
4つの支援モードで今の関わりを考える
「見守るか、働きかけるか」の代わりに、関わり方を4つのモードで考えることを提案します。
守る・休む。 負担から距離を取る。要求を減らす。無理に動かさない。
整える。 時間、量、場所、人数、相手、方法を変えて、やりやすい条件にする。
つながる。 人、学び、活動、支援との接点を、細くてもよいので作る・残す。
広げる。 本人が選べる選択肢や経験の候補を増やす。
大事なのは、これが「守る→整える→つながる→広げる」と順番に進む段階ではないことです。同じ時期でも、領域によって合うモードは違います。
| 領域 | 今の関わりの例 |
|---|---|
| 学校 | 守る・休む |
| 生活 | 整える |
| 人との関係 | つながる |
| 興味のある活動 | 広げる |
この表はあくまで一例です。学校は守る・休むの時期でも、趣味の外出は広げられるかもしれません。子ども全体を一つの段階に入れず、領域ごとに関わり方を変える。これが4モードの使い方です。
この考え方は、本サイトで不登校支援を考える補助的な視点としているハームリダクションとも重なります。今すぐ問題をゼロにできなくても、現在の苦痛や不利益を減らしながら、将来の選択肢につながる関わりを考える。放置・過干渉・押しつけによる負担を減らしつつ、学びや人とのつながりといった成長の機会を完全に切らない、ということです。
「広げる」は、やらせることではなく選択肢を増やすこと
4つのモードの中で誤解されやすいのが「広げる」です。広げるとは、本人に新しい活動を実際にやらせることではありません。選べる候補を増やすことです。情報に触れることで、「こういう方法もある」と知る機会にはなります。今すぐ選ばなくても、誘われて断ることもできます。
いくつかの領域で例を挙げます。
学びなら、「勉強しなさい」ではなく、親が面白そうな本を読む、興味のありそうな動画や記事を「これ、ちょっと面白かったよ」と共有する、一緒に調べる、といった形があります。本人が興味を示さなければ追いません。学習との付き合い方は【不登校の勉強】勉強しないとき親はどうする?で扱っています。
体を動かすことなら、「運動不足だから運動しなさい」ではなく、親が散歩する、「コンビニまで歩いてくるけど、一緒に行く?」と誘う、軽くボールを投げる、といった形があります。断れる余地を残します。
人との関わりなら、親自身が自然に人と挨拶する姿を見せる、「○○さんが来るけど、顔を出してもいいし、出なくてもいいよ」と選べる形で伝える、オンラインも含めた選択肢を残す、などです。人とのつながりについては【不登校で友達がいない】人とのつながりをどう作る?で詳しく扱っています。
社会との関わりも、学校だけではありません。買い物、趣味の場所、地域のイベント、オンラインコミュニティ、習い事など、いろいろな接点があり得ます。情報を知らせることと「参加しなさい」は別です。
学校との接点も、「行くか、行かないか」の二択にしなくてよい領域です。行事の情報を知らせる、担任からの連絡を本人が受け取るか選べるようにする、放課後だけ、別室、オンライン、プリントだけ受け取る、校門まで、見学のみ——複数の形があり得ます。ただしここでも、「こういう方法もあるみたいだよ」と知らせることと、「だから行こう」は別です。
もう一つ、大人自身が楽しそうに何かをしている姿も、働きかけになります。本を読む、料理する、散歩する、誰かと話す、新しいことを試す。子どもを動かすために演技するという意味ではなく、本人が「面白そう」「自分も少しやってみたい」と思える可能性のある環境を作る、という意味です。
働きかけるなら「何を・どの強さで」を調整する
何かを提案したり誘ったりするときは、「やるか、やらないか」の一段階で考えず、次の7つの要素に分けて考えると調整しやすくなります。
- 何を——学校、学習、外出、人との接点など
- どのくらい——5分、1時間、1日など
- どこで——自宅、学校、別室、オンラインなど
- 誰と——親、先生、友人、一人など
- どうやって——対面、電話、LINE、見学など
- 本人が選べるか——複数の選択肢に加えて、「どれも選ばない」「今は決めない」余地があるか
- 断れるか——「今日はやめる」「途中でやめる・帰る」が可能か
同じ「学校との接点」でも、「明日から教室に一日」と、「来週、放課後に10分だけ、親と一緒に、担任と話す。嫌なら当日やめてもよい」では、求められる負担は大きく異なる場合があります。働きかけを強めるか弱めるかではなく、どの要素を動かすかで考えます。
ただし、この7要素は「どうすれば子どもを動かせるか」という攻略法ではありません。断られたら要素を小さくして再提案し続ける、という使い方をすると、結局は本人を予定どおり動かすための道具になってしまいます。要素を動かす選択肢の中には、いったん提案そのものをやめて時間を置く、という選択も同じように含まれます。
拒否されたら「失敗」ではなく、次の設計情報にする
たとえば、フリースクールを提案して「絶対嫌」と返ってきたとします。これを「やる気がない」「まだ回復していない」「働きかけは失敗だった」と決める必要はありません。
何が負担だったのかは分からないこともあります。そのうえで、決めつけずに調整できる条件があるかを考えます。フリースクールそのものが嫌なのか。知らない場所だから不安なのか。人数が多いからか。時間が長いからか。見学だけなら違うのか。オンラインなら違うのか。それとも、今はこの話題を考えたくないのか。こちらから理由を決めつける必要はありません。
はっきり分からなくても構いません。「絶対嫌」という反応は、今の内容・方法・タイミングなどに負担がある可能性を考える材料になります。ただ、何が嫌だったのかが分からないこともあります。ここから、条件を変えて別の形を知らせることもできますし、しばらく時間を置くこともできますし、この領域はいったん守る・休むに戻して提案そのものをやめることもできます。拒否を突破するのではなく、本人の反応を、次の関わりを考えるための情報として使う、という姿勢です。
なお、拒否できたこと自体が良いか悪いかを決める必要もありません。本人の意思の受け止め方については【不登校】「どうしたい?」に答えない子どもの意思をどう尊重するかで詳しく扱っています。

「登校刺激」は学校へ行かせることだけで考えない
学校や登校について声をかけたり、学校との接点を作ったりする働きかけを「登校刺激」と呼ぶことがあります。「登校刺激はした方がいいのか、しない方がいいのか」と迷うことがあります。この記事の整理では、これも「する/しない」の二択にはなりません。
学校への働きかけは、数ある働きかけの一つです。先ほどの7要素で言えば、「何を」の一つが学校であるにすぎません。学校について声をかけるとしても、内容、量、方法、断れる余地しだいで、負担は大きく変わります。また、「回復段階が○○になったら登校刺激をする」というように、タイミングを段階で機械的に決めることもしません。今の本人の負担と、断れる余地があるかで考えます。
ただし、学校に関する情報を伝えれば、それがそのまま適切な見守りになる、というわけでもありません。行事やテストの予定を伝えること自体が、本人にとっては負担になる時期もあります。本人が知りたい情報か、今その情報を受け取ること自体が負担にならないか、という点も含めて考えます。
「休ませたら甘やかし?」と迷ったとき
休ませることや要求を減らすことを、「甘やかしではないか」と心配される方もいます。
ここで区別したいのは、負担を減らすことと、本人に代わって何でもしてしまうことは違う、という点です。同じように、本人の意思を尊重することと、すべてを本人任せにすることも違います。年齢や状態に応じて、安全や健康に関わる部分では大人が責任を持ちます。公園の比喩と同じで、基本は本人が遊び方を選びますが、安全上必要な場合には大人が止めます。
過保護・過干渉への不安については、過保護・過干渉が不登校の原因?と不安なときで詳しく扱っています。

4つの問いで今の関わりを考える
最後に、今の関わり方を整理したくなったときの4つの問いを紹介します。
- 今、何から守る必要がある?——学校の負担、人間関係、生活上の危険など、距離を取ることで守れているものは何かを考えます。
- 細くても残しておきたい接点は何?——人、学び、活動、支援などの中で、今の本人にとって負担が比較的小さく、残せそうな接点はどれかを、本人の希望も含めて考えます。
- 本人が選べる選択肢を増やすために、何を知らせたり見せたりできる?——やらせる方法ではなく、候補の増やし方を考えます。
- 働きかけたあとの反応から、何を調整できる?——拒否や無反応も含めて、7要素のどこを変えられそうかを考えます。
答えがすぐ出ない問いがあっても構いません。「見守るべきか、働きかけるべきか」で行き詰まったときに、考える場所を変えるための問いです。
まとめ
見守ることは、何もしないことではありません。そして、働きかけることは見守りの反対ではありません。
放置は、関心を向けないこと。過干渉は、本人が試す前に大人の不安で止めること。押しつけは、大人が望む行動をさせること。見守りは、本人の自由を基本にしながら、必要なときに守り、支え、環境を整え、選択肢を知らせ、軽く誘うこと——ただし、やるかどうかは本人が選べる形で。
「いつまで見守るか」は期間では決められません。今の見守り方の中で何が守られているか、本人が望む選択肢まで狭まっていないかを見ます。学校へ行っているかどうかだけで判断せず、領域ごとに、守る・休む、整える、つながる、広げるを組み合わせます。広げるとは、やらせることではなく選択肢を増やすことです。働きかけて拒否されても、それは失敗ではなく、内容・量・場所・相手・方法・断れる余地を見直すための情報になります。そして、本人を意思決定から外さないこと。本人の主体性を尊重することと、大人が責任を手放すことも同じではありません。
「無理をさせず見守りましょう」と言われて迷っているなら、「見守るのをやめるかどうか」ではなく、「今の見守りの中に、どんな支え方・誘い方を足したり引いたりできるか」から考えてみてください。
引用参考文献
- 文部科学省「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」(令和元年10月25日)
- 文部科学省「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた対応の充実について(通知)」(令和7年10月29日)