学校へ行かなくなってから、友達と会わなくなった。LINEにも返さない。部屋で一人、ゲームや動画で過ごしている。「このまま友達がいなくなってしまうのではないか」「社会性が育たないのでは」と心配になる。多くの保護者が抱く不安だと思います。
友達を作らせた方がよいのか、フリースクールへ行かせた方がよいのか、今は一人にしておいてよいのか、オンラインの友達だけでも大丈夫なのか。迷うところだと思います。
先にお伝えすると、これは「友達がいるか・いないか」だけで考えなくてよい問題です。
この記事でお伝えしたいこと
「友達がいない=孤立している」ではない
「友達がいない」と聞くと、すぐに問題だと感じます。
ただ、一人で過ごす時間が多いこと自体と、誰にもつながれず孤立していることは、分けて考えられます。
同じ「友達がいない」という状態に見えても、本人の困りごとや残っている接点の形によって、その意味は異なります。たとえば、以下のように状態はさまざまです。
- 学校の友達とは会わないが、家族とはよく話している
- 対面では会わないが、オンラインでは人と関わっている
- 同年代とは距離を置いているが、安心できる大人とは話せる
- 本人自身が寂しさや孤立感を感じ、誰かとつながりたいと思っている
家族と安心して話せているなら、人との接点がすべて途切れているわけではありません。
一人で過ごすことと、必要なときにも誰にもつながれないことは、分けて考えます。
不登校になると、友達関係が変わることがある
学校を離れると、以前の友達との関係が変わることがあります。
会う機会が減る、共通の話題が減る、相手もどう連絡してよいか迷う、本人も気まずく感じる。
こうしたことが重なって、連絡が少なくなっていきます。
これを、「不登校のせいで友達を失った」「本人の対人能力が落ちた」と直結させる必要はありません。
毎日顔を合わせる場がなくなれば、関係が変わるのは自然なことでもあります。
能力の問題というより、環境の変化である場合が多くあります。
以前の友達とLINEだけ続いている、たまに一人とだけやり取りがあるなら、それも今残っている接点の一つとして見ることができます。関係を残すこと自体を義務にする必要はありませんが、関係が変わることと、すべてのつながりがなくなることは違います。
まず「誰と、どの距離なら関われるか」を見る
友達の人数を数えるより、関わり方を見ると、動かせる場所が見えてきます。相手も距離も、一つではありません。
1対1なら話せる、文字なら話せる、同じ空間にいるだけなら大丈夫、短時間なら会える、趣味の話だけならできる、大人なら話しやすいが同年代は今はつらい。
こうした違いが見えると、関わり方を選べます。
関係を「ある(100)か、ない(0)か」で見るのではなく、その間のどこなら今つながれるかを見ます。
不登校の子どもの人間関係を見るときは、友達の人数だけでなく、「誰と、どの距離なら、どの方法で関われるか」を見ます。
友達だけが、人とのつながりではない
つながりを「学校の友達」に限ると、それが減ったときに「もう誰ともつながっていない」と見えてしまいます。実際には、人との接点はもっと多くの窓から見られます。
これは、すべての窓を増やすためのチェックリストではありません。今どの窓が開いているかを見て、無理の少ないところを一つ大事にする、という見方のための一覧です。学校の友達だけが、人とのつながりではありません。家族、安心できる大人、以前からの知人、オンラインや趣味の仲間なども、人との接点になります。
今は人と関わりたくないとき
誰にも会いたくない、友達から連絡が来ても返したくない、フリースクールも嫌、家族以外とは話したくない。
そういう時期もあります。人との関わりそのものに疲れているとき、その距離は尊重したい大事な情報です。
本人が今の「そっとしてほしい」と望んでいるなら、無理に関係を広げる必要はありません。
また、「会いたくない」という言葉を一種類の拒否として扱わず、何が負担になっているかを少し細かく見ておくことも役立ちます。
- 誰に会うのも嫌なのか、同級生など特定の人に会うのが嫌なのか
- 直接会うのが嫌なのか、SNSなどでのメッセージのやり取りも嫌なのか
- 大人数の中だと嫌なのか、逆に1対1で会うのが嫌なのか
…など。
もちろん、両方の場合や「相手によって変わる」という場合もあるでしょう。
そのような「違い」に注目することで、対応方法が変わってきます。
友達とは遊ぶのに学校へ行かないのは、おかしい?
「友達とは遊べるのに、学校には行かない」。
この様子を見て、「遊べるなら学校にも行けるはず」と感じる保護者は少なくありません。
友達と遊ぶ場面では、学校よりも相手・時間・場所・活動を本人が選びやすいことがあります。
一方、学校では長時間の集団生活、授業、評価、人間関係など複数の負担が同時にあります。
そのため、「遊べる=学校へ行ける」とは限りません。
オンラインのつながりも、一つの人間関係
現代の不登校支援において、オンラインゲームのチャットやSNS、ネットコミュニティを通じて作られる人間関係の存在感は増しています。
「ネットの友達は、現実のリアルの人間関係より劣る、不健康なものだ」と誤解する保護者さんもいますが、オンラインのつながりも、立派な一つの人間関係の形態です。
一緒に遊ぶ相手がいたり、会話や協力があったりするなら、本人にとって意味のある人との接点になっている場合があります。一方で、「オンラインがあれば他はいらない」というわけでもありません。
つながりを広げるなら、本人に負担の少ない形から
つながりを広げるとき、目的は「友達を作らせる」ことではありません。
お子さんが「自分らしく生活するために、どんな仲間がいるとよいか」を考えましょう。
関わり方には幅があります。
1対1、少人数、短時間、見学だけ、親同伴、文字だけ、オンライン、共通の趣味がある場、同年代ではなく安心できる大人など、
本人にとって負担の少ない入口はさまざまで、いきなり同年代の友達でなくても、安心できる大人一人との関わりが本人に合うこともあります。
4つの問いで「人とのつながり」を見る
家庭で状況を整理するときは、次の4つの問いに分けて考えることができます。
必ずこの順番で答えるためのステップではありません。
原因の特定ではなく、動かせる隙間を家庭内で見つけるための問いです。
本人は今、一人でいることに困っている?
親は心配していても、本人は今の距離を望んでいることがあります。一方で、本人自身が寂しさを感じ、誰かと関わりたいのに方法が分からず困っている場合もあります。本人の言葉だけでなく、今の生活上の困り、必要なときにつながれる相手がいるかもあわせて見ます。
今、誰とのつながりが残っている?
学校の友達という枠から視野を広げ、家族、親戚、オンラインの仲間、近所の知り合い、安心できる大人など、今も残っている接点を確認します。
どの距離・方法なら負担が少ない?
「会って話す」ことが難しくても、文字のやり取り、オンライン、同じ空間にいるだけ、挨拶を交わすだけなど、どの距離や方法なら本人にとって負担が少ないかを考えます。
何なら試せそう?
親だけで次の関わり方を決めず、本人が参加できる形にします。「友達が欲しい?」と大きく聞くより、「この人なら連絡してみてもいい?」「見学だけならどう?」と小さく聞きます。「今は増やしたくない」「わからない」という反応も、今の本人の意思や負担を考える手がかりになります。
まとめ
不登校で友達と会わなくなったとき、「このまま友達がいなくなるのでは」と焦る必要はありません。同時に、「一人が好きなら何もいらない」と切り捨てる話でもありません。
友達がいないことと、孤立していることは同じではない
友達の人数だけで見ず、誰と・どの距離なら・どの方法で関われるかを見る
学校の友達だけがつながりではない。家族、安心できる大人、旧友、オンラインの仲間も大切な接点
「社会性のため」に人付き合いを無理に増やさない
オンラインも、一つの人とのつながりの形として扱う
広げるときも、本人が負担の少ない形から考える
将来必要なのは、関係を調整し、必要なときに人へつながり、助けを求められる力
今どんな接点が残っていて、どの距離や方法なら本人に負担が少ないか。そこから、必要なときに人へつながれる選択肢を考えていきます。
友達を作らせた方がよいのか、今は一人で過ごさせた方がよいのかは、本人が人との関わりをどう感じているか、今どんな接点が残っているかによって異なります。ぜんとのカウンセリングでは、「友達がいる・いない」だけで判断せず、今どんなつながりが残っていて、どの距離や方法なら本人に負担が少ないかを整理しながら、ご家族と一緒に考えます。
引用参考文献
- 文部科学省「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」(令和元年10月25日)
- 文部科学省「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた対応の充実について(通知)」(令和7年10月29日)
